未来の価値 第70話


「君には同情するよ、ナナリー。あんな男が兄だなんて可哀そうだね」

嘲笑い勝ち誇るマオに、ナナリーの顔色がさっと変わった。
いつも愛情を注いでくれる優しい兄。
だが、ナナリーの知っているのはルルーシュの一面にしか過ぎない。
それは、生徒会でルルーシュがいない間にされる話からも、クラスメイト達の話からも窺い知れる。ルルーシュは人気があった。だから妬みも多く、ナナリーの耳に悪い噂だってはいってきた。どれが嘘で、どれが真実なのか。ナナリーには真偽を確認する術はなかった。相手の手に触れれば嘘をついているかどうかがわかる。おそらく、目を失ったことで相手の感情の僅かな変化を感じるすべを手に入れたのだろう。とはいえ、それが100%正解とは言えないし、話をする人全員と触れ合うことなど不可能だった。

「君は、何も知らない。目が見えず、歩く事も出来ないから、自分の兄が何をしているのか、いや、何をしてきたのかも知らないし、どんな事を考えているかも知らない」
「知っています、私はお兄様の事を誰よりもよく知っています」

先ほどと同じく、胸を張りきっぱりと言い切ったナナリーだが、マオにはすべて聞こえていた。その動揺が、不安が、鮮明に。
ようやく、崩せるとマオは笑った。

「咲世子、下手に動いたらこれ押しちゃうよ?ナナリーが死んじゃってもいいのかなぁ?」

これ以上マオに話をさせてはいけない、意識が離れた今がチャンスだと考えていた咲世子だが、その思考はマオに読まれていた。
ここは山の中。
移動手段はケーブルカーのみ。
マオはここにいる二人と、これから来るルルーシュにだけ意識を向ければそれでいい。そのために、こんな辺鄙な場所を選んだのだから。とはいえ、頭がいいと聞いていたが、ルルーシュの思考能力には呆れるほかなかった。今まで同時に二つの思考を処理している人間には何人にも会った事があるが、ルルーシュはそれをはるかに上回る7つの思考を同時に処理していた。いや、おそらく7つどころではない。本人の意識外でもいくつかの思考が働いているような不気味さがあった。
こんな人間僕は知らない。
どう考えても普通ではない。
化物め。
そのずるがしこい頭でC.C.をたぶらかしたんだな、ああ、今助けてあげるからね、C.C.。あの悪魔から、僕が。

「ナナリー、僕が教えてあげるよ。ルルーシュが何を考えているのかを」

ナナリーは、青ざめ顔をこわばらせた。
一体何が彼に優越感を与え、何がルルーシュにとって不利となるのか。あの優しい兄の何に対し、こんなに不快な笑いをするのか。何を言われるのか想像もできない。それが恐怖となり、ナナリーを縛った。
マオは本来知りえない情報、心の奥底にあるものまで知っている。

「ナナリー様、この男の話す言葉はすべてが真実ではありません」
「うるさいな、咲世子。邪魔するなら、ホントに押しちゃうよ、これ」

ナナリーに取り付けた爆弾のスイッチを。
今、ナナリーの腕には爆弾が仕掛けられたブレスレットがつけられていた。


昨夜、ルルーシュの友人だと言ってこの男は訪ねてきた。

「ルルーシュがね、きっとナナリーは寂しい思いをしているから、代わりにこれを届けてくれないかって、頼まれたんだ」

見た目にそぐわないほど幼さを滲ませた喋り方に咲世子は警戒を示したが、ナナリーは兄の友人が来たのだと受け入れてしまった。なぜなら、ナナリーとルルーシュしか知らない秘密の言葉をこの男が知っていたから。スザクにも教えていない、暗号のようなもの。ルルーシュとスザクがナナリーに隠れて合図を送っていたように、ルルーシュとナナリーもまた隠れて合図を送り合っていたのだ。それはまだこの国が日本だった時のこと。今では使われる事の無い秘密の、二人だけの言葉。
それを教えたのだから、ルルーシュがスザク並みに信頼している人なのだと判断してしまったのだ。だからナナリーは友人を精いっぱいもてなし、少しでも兄の話を聞こうとしたが、その願いが叶う事は無かった。

「これ、ルルーシュから預かって来たんだ」
「何ですか?」
「ブレスレットだよ。さあ、つけてみて」

疑うことなく受け取ったブレスレット。
それに腕を通そうとする姿を見て歪む男の顔に、咲世子は慌ててナナリーを止めたがもう遅かった。手首に通した途端余裕があったはずのそれはナナリーの手首に合わせ小さくなり、外せなくなってしまった。

「馬鹿だなぁナナリー。咲世子、動いたらこれ押しちゃうよ?ナナリーにつけた爆弾の起爆スイッチ。言ってる意味、解るよね?」

それが本当に爆弾なのか判別は出来ないが、少なくても何かが仕込まれた物である事にナナリーも咲世子も気がついた。あの時から今まで、ナナリーには爆弾がつけられている。
どれほどの威力かは解らないが、少なくてもナナリーの手首に大きな損傷をあたえるだろう。目も見えず、足も不自由なナナリーは片手の自由をも失うかもしれないのだ。
それは避けなければと考えた結果が今だった。
あのスイッチを握られている以上、咲世子は動けない。
やがて、大きな音と自動アナウンスが流れ、ケーブルカーが止まった。
そこにいたのは、マオの予告通りルルーシュだった。

「やあルルーシュよく来たね。ああ、だめだよ。危ないから、その銃はそこに置いてよ。これ、見えるよね?」

マオは楽しそうに起爆スイッチをちらつかせた。
それだけでルルーシュはすべてを理解し、隠し持っていた銃をケーブルカーの座席に置いた。

「そう、それでいい。ああ、いいねぇ、そのいらついた思考、すっごくいいよ。でもさ、ごちゃごちゃ無駄なこと考える暇あったら、さっさと降りたら?君の可愛い可愛いナナリーがそこにいるよ」

マオの指差す方へ視線を向けるとそこにはナナリーがいた。

「ナナリー!!」
「お兄様!!」

お互いの無事を確認し歓喜の声をあげると、マオは楽しそうに両手を頭上で叩いた。

「いいねぇ、感動の再開だ。誘拐された純真無垢な妹を救いに、さっそうと現れた頼れる兄。いいねぇ本当に」
「何が言いたい」
「きれいなきれいなお兄様は、とても優しくて人々の幸せな未来のために総督補佐としての公務をしている・・・君の妹は、そんなことを考えているんだよ、ルルーシュ」
「だから?」
「だから?だからって言ったのか?お前、C.C.から聞いたんだろ?僕のことを、僕のギアスを。それなのに、だからだって?あり得ないだろ?それとも、C.C.が嘘をついてると思ったのかな?・・・ああ、いや答えなくてもいいよ。お前の考えは、ぜ~んぶ僕に聞こえるからね。無駄だよ無駄。C.C.も言ってただろ?複数の思考を同時に行い、それで僕をかく乱しようなんて無駄なんだよ。なに?知られたくないの?君がどれほど悪どい人間か、どんな罪を犯そうとしているのか、妹にだけは知られたくないのかなぁ?ずるいね、ひどいね、卑怯だよねぇ。嘘で固めたキレイな自分だけを妹に見せ、いい人ぶるなんて最低だよね?」

心当たりがありすぎるルルーシュは、顔色を無くしマオを睨んだ。
その様子を見た咲世子もまた表情をゆがめ、マオがこれから何を言うのか身構えていた。ナナリーの耳をふさげば楽なのだろうが、耳をふさぎ情報遮断するような真似をすれば、爆弾のスイッチを押すと言われている。
護るべき二人が目の前にいるというのに、何もできずただ見ているしかないなんてと咲世子は自らに未熟さを痛感し唇をかんだ。

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